[ハロ]共同幻想ユートピア
さて、リリウム大千秋楽からひと月、すっかりほとぼりも冷めたところで、キャストについての感想などを。久しぶりに長文書いたら調子が掴めず、ちょっと文章がおかしなとこは流してやってください。ついでに、体力の限界につき、主要メンバーだけとなりました。いつも通り、独断と偏見、おおげさ、紛らわしいなどひどいので、読みたい人だけ。めちゃめちゃ長いよ!
・鞘師さん
感覚派。どう動くのが一番そのキャラらしいのかとか、どう歌えばこちらに伝えたいことが伝わるのかとか、そういうのを身体の感覚として持ってそう。勿論脚本の読み込みとか、演出家さんからの指導も素直に受け止めるんだろうけど、最終的にはキャラを作るにあたって、自分の感覚を大事にしてそうなんだよね。
で、自分の感覚に根ざしてるからこそ、演技が自然に見えるのかなと。
今回のリリーって役は最初のうちずっと周りに翻弄されてて、しかも自分の記憶が曖昧ってこともありアイデンティティがぐらぐら揺れてるんだよ。それが記憶が戻ってくると反転、一気に攻勢に出る。その辺の匙加減が難しいと思うんだけど、鞘師さんがやると、それが当たり前の流れみたいに見えるんだよね。役の雰囲気を掴むのが上手いの。
あと、あやちょさん、めいめいを向こうに回してなお、主役として場を張ってるってのは凄いと思う。それも張り合ってるっていうより、堂々と受けて立ってるんだから凄い。いやー、だって二人とも磁場が凄いっしょ?あれは気を抜くと引きずられるって(笑)もう一つ言うなら、今回ちょっとしか出番はないけど、小田ちゃんの空気も中々だからね。誰とも張り合わず、でも、引きずられもせずに独立した存在として舞台の真ん中で立っている。ってのはやっぱそうそう出来るもんでもないと思うんだよね。まあ、鞘師さんの場合、ばっちばちに意識してても多分分かりやすく表には出さないとは思うけれども。何しか半端ない負けずさんだから。
唯一の例外はTRUE OF VAMPの時かな。場面のシリアスさと相まって、いっそ怖いくらいの緊張感だったわ。三人とも一歩も譲らねえのwおいら見たの、大千秋楽だったから、もう抑えることないしね。中の人の意地とプライドを見たよ。ああいうのがあるからハロの現場はたまらんよね。

で、そんな鞘師さんに何か足すとしたら、後はもう経験かな。実際に見て聞いて自分でもやってみるのが一番な気がするのです。歌やダンスにも言えるけど、鞘師さんみたいなタイプの人はやったことがまんま次へとつながっていくので、どんどん色んなステップを踏んで、色んなバリエーションの自分を作れば良いんじゃないでしょうか。少なくとも見てる私は楽しみです。

・工藤さん
センス派。脚本を読んだ時、まずパッと自分の役のイメージが浮かぶんじゃないかな。して、そのイメージのままに演技してる。そういう感じ。しかも、そのイメージはこのシーンならこの子ならこうする!みたいに結構具体的で。ちゃんと人として肉付けが出来てる気がするんだよね。その辺の直感力は本当ピカイチだと思うわ。
で、それがどぅの個性と絶妙に絡み合った時ものすごい力を発揮する。例えば、ステーシーズの時、多分にあの役は工藤さん的に自分と被るというかある程度感情の流れを理解出来やすい役で、むしろ工藤遥であることが強みに成るような役だったと思うんだよ。工藤さんの個性を押し出すことで、その役の旨味が増す、みたいな。
けども、今回はもう少し複雑な役で、今までみたいにストレートに感情を爆発させるだけじゃ足りず、それをコントロールするようなテクニカルさを求められたと。
それは言わば手持ちの札を封じられるようなもので、工藤さんがどうしたら良いの?ってなったのも無理はないと思う。
というか、それこそが今回の工藤さんの課題だったんだろうな。
自分の中にはない、感情的にも理解しがたい、今まで会ったこともないような役に直面した時、工藤遥としてはどう役に乗っかってゆくのか?みたいなことを、今回すげー頑張って探ったんじゃないかと思う。
結果、ファルスというキャラは分厚くなり、工藤さん自身の強かさも増したんじゃないかな。
私としては、どぅみたいなタイプは今回みたいにどんどん難しい役を振って新しい自分に更新させる方がいい気がする。
それが娘。に戻った時、引いては工藤遥個人の活動としても非常に活きてくると思うんだよね。

・石田さん
職人肌。実は役を与えられた方が自由にやれるタイプだと思う。むしろ、素の石田亜佑美を押し出さなければいけない普段の活動の方に迷いを感じるというか。役に成り切ることでようやくそういう自分から解放されて、求められるままにイマジネーションを発揮出来る感じ。まあ、要するにシャイなんだろうな、この人は。
で、今回のチェリーって役は裏設定まで考えると色々複雑な役なんだけども、表層的にはやたら元気で場の空気を壊す、いわゆるコメディリリーフなのね。
ゆえに、彼女が大げさにリアクションを取る、騒ぐ、バタバタ走るとかする程、芝居にテンポが出て、メリハリがつく。言うなれば、このお芝居全体のリズムを作る役である訳だよ。
しかも、大体が鞘師さん演じるリリーが誰かと緊張の糸が張りつめた瞬間登場して、場の空気を入れ替えなきゃいけない。いやー、あのあやちょさんと鞘師さんが作ってる異空間に、何も空気を読まずに割って入るなんてめちゃ勇気いるよね。実際、空気が読めないどころか、もの凄く読めないとあそこに踏み込めないと思う。
これね、プロの役者さんでもやり損なうと結構ダメージ喰らう奴だと思う。一発目滑ると延々終わりまで滑っちゃうし。リズムは悪いし、場の空気は入れ替わらず、だらだらと話だけが続いていく、とかね。想像するだに胃が痛くなるわ(苦笑)
役としてはメインテーマには最後の方まで関わらないけれども、チェリーという役はこのお芝居に置けるキーマンの一人だよね。
そういう役を石田さんに振った末満さんは凄いし、それに見事に応えてみせる石田さんも凄いよ。
私は難しい注文ほど燃える職人魂を石田さんの飛び蹴りに見た!って感じ。

で、私としてはだーいしさんにはどんどん思い切った仕事を振ればいいと思うよ。そしたら、きっと大真面目に悩んで、でも、気持ちよくやり切ってくれるんじゃないかな。それこそ全力全開でさ。
元々出来る人だから、もうそろそろもっと自由になっても良い頃だと思います。はい。

・小田さん
天才肌。何をやらせてもそつがない。ダンスや歌は分かってたけど、今回お芝居もそうだと分かった。あやちょさんやヤシさん、くどぅーやめいめい、とそれぞれ違うタイプの才能の持ち主達が集まる中、ちゃんと自分の領域を主張してた。
彼女の領域とはすなわち歌なのだが、今回のように多層構造のシンプルに見えて幾重にも意味が取れるような難しいお芝居でも、歌さえ歌えるなら、小田さんは自分の世界を展開出来るのではないか。その歌をとっかかりに例えばシルベチカと言うキャラの心情を慮り、歌で訥々と語るなどと言うことを出来てしまうんではないかと。
そして、そこからそれを援用して、あるいは押し広げて、シルベチカというキャラが立つ世界の中で、自分がどう振る舞うべきかを考えていったのではないかな。
斯くして舞台の上には冒頭から見事なオダベチカが立っていた。
こういう地に足ついたアプローチは大きく外すことはない。何しろ自分の得意とする地点から始まってるのだ。ふわふわと頭の中でキャラをこさえた訳じゃない。
とはいえ、いざ小田さんの立場に立たされた時、そういう地道な方法を辿るのは難しいとは思う。まず自分のやり方と言うものを確立してないと無理だし、やり方が分かっていたとしてもそれで本当にいいのか初めてでは判断つきにくいからだ。
小田さんが凄いところがあるとすれば実はここで、壁にぶつかる→決断の流れが早いのだ。
要するに飲み込みが早いってことなのだが、試行錯誤からこれだ!と言うものに最短距離を通ってくる。
これが鞘師さんならその高い身体能力で、工藤さんなら鋭いセンスで切り込んで来るところを、彼女は素晴らしい歌唱力で切り結んでる訳だ。
実に空恐ろしい中学生である。なぜ彼女一人が11期に選ばれたのか分かるような気がする。

ただちょっと心配なのが、出来る子には高負荷傾向の我が軍のこと。あんまり無理させて、しなくていい怪我をさせないかちょっと不安ではあるんだよね。
出来ることならもうちょいゆっくりと腰を据えて育てていってほしいなと。将来の娘。の歌の核になりそうな娘だからさ。本当大事にして欲しい。

・和田さん
美学の人。リリウムの持つ幻想的な雰囲気を形作るものの一つに和田さんの佇まいがあったんじゃないかな。
何と言うか不思議な透明感なんだよね。現実からふわりと浮かび上がっているような、それでいて世界に屹立しているような。どこまでが和田さんで、どこからがスノウなのか。分からない程の浸透率。
前作のジャンヌの時も思ったけど、本当末満さんの作る世界に和田さんて似合うんだよなあ。違和感が働かないくらいしっくりくる。
ひょっとすると、末満さんと和田さんの美意識というものがとても近しいものなのかも知れないね。
それが作品を通して、共鳴してるって言うかさ。お互いの魅力倍増になってる気がする。
例えば、仕草一つとっても実に繊細な動きをするんだよね。椅子から立ち上がる、目を伏せる、誰かに話しかける。どれも誰もが普通にやる動きだけどもそれが一々奇麗。指先まで気持ちが行き届いてるっぽい。美は細部に宿るというけれど、正にそんな感じ。
そして、間の取り方。スノウはあまり言葉で多くを語らないタイプなので、その間の取り方一つで随分印象が変わると思うんだけど、その辺のタイミングが実に巧妙。リリーに本当のことを知って欲しい、知られたくない。ファルスに惹かれてる、でも受け入れがたい。そういうアンビバレンスな感情があの「・・・」の部分に良く出てたと思う。あれがスノウの不思議な雰囲気を高めてるよね。
また、そういう絶妙な引きからの歌がいい。正直に感情を爆発させるには色々抱えすぎてるスノウの、それでも吐露せずにはいられない気持ちを上手く歌に乗せてると思う。個人的にあやちょさんの語るような歌い口が好きなので、思わず引き込まれてしまったよ。
言葉ではなく、仕草や歌で心情を語ることで、スノウというキャラクターの孤高、ままならなさ、儚さが余計際立ったんじゃないかな。
あれ、もし和田さん以外の人がやったら、全然違う雰囲気のお芝居になったと思う。余白の多いキャラクターこそ、その演者の持ってる色がモロ出るもんだから。
和田さんの持つ美意識と役へのシンパシーが、ミステリアスで美しく儚いあの世界がより一層深いものにしたんじゃないかと思う。
で、こういう人はその持ってる雰囲気ごと大事に育てて欲しいなと。
実は私が今回リリウムを観に行くことに決めた理由の一つは、彼女が主役の片割れだったからだったりする。ジャンヌ以来、もう一回舞台に立つ彼女が観たかったんだよね。そういう風に人を舞台に足を運ばせる魅力がある人だと思う。
リリウムの続編、というか、TRUMPの世界にもう一度立ってるのが見たいです。はい。

・田村さん
情熱派。いやー、本当にお芝居が好きなんだなと。今回は課題として感情を内包させる役を振られたのだけど、あからさまに表現する訳にいかないからこそ、体の内側から放出される熱の量が半端ない。演じることの出来る喜び、マリーゴールドへの共感、リリウムというお芝居へのリスペクトなどなど、それらの入り交じった感情の発露がまぶしいくらいだ。

そして、彼女のその熱が、このお芝居全体のエモーションを動かしてるみたいなところがある。スノウやリリーがストーリーを追うキャストなら、マリーゴールドは感情を揺さぶる役というか。
前半感情に蓋をしてる分、いや、だからこそかな、蓋の下でグツグツと煮えたぎっていた想いが表に現れた時の熱量は圧倒的で、見ていて胸にくるものがあった。
特にリリー・スノウ・マリーゴールドが丁々発止とやり合うシーンと、マリーゴールドのソロは極め付きだった。
役柄の上でのスノウへの敵意と思わず滲むリリーへの執着、それとは別に同世代の仲間への負けたくないというライバル心があの一曲へと集中するTRUE OF VAMP。
それまでの彼女の孤独、それから解放してくれたリリーへのひしひしとした想い、そしてそのリリーと一緒に生きてゆくのだと言う決意を滔々と語る、もう泣かないと決めた。
どちらも田村さんだっただからこそ、あんなに心が動かされたんだと思う。
それ程の歌唱力、それ程の演技、それ程の情熱があそこには込められていたと。
で、田村さんの場合、お芝居の基本は出来てて、今回のお芝居で抑えた感情表現も覚えた訳で、もっと幅の広い役に挑戦できるんじゃないかな。何だったら外でのお仕事ってのもアリだと思う。それぐらい何か期待出来る演技でした。